kaigonoki’s diary

えがおの高齢者を増やす介護士

他人への「どうして?」の言葉を飲み込む

「どうしてそんなことをするの?」


気づけば、心の中でそう呟いてしまうことがあります。

 

私は老人ホームで介護士として働いています。
日々、入居者様と向き合い、笑い合い、ときには涙しながら過ごしています。
けれど、どんなに優しくあろうとしても、どうしても「心がザワッ」と揺れる瞬間があるんです。

 

たとえば——


おむつ交換を嫌がって手を振り払われたとき。
食事を投げられたとき。


「ありがとう」の一言が欲しいと思ってしまったのに、代わりに「もう帰って!」と怒鳴られたとき。

 

そんなとき、胸の奥で小さな声がささやきます。


「どうして、そんなこと言うの?」


「どうして、分かってくれないの?」


「どうして……?」

 

でも、その“どうして”を口に出してしまったら、きっと何かが壊れてしまう気がするんです。


だから、私はその言葉を飲み込みます。
深呼吸して、自分の中に一度戻すようにして。

 

介護の現場は、きれいごとだけではやっていけません。


人の「最期」に寄り添う仕事だからこそ、時には感情のぶつかり合いもあります。
けれど、それでも「その人らしさ」を守りたいと思うから、私たちは踏みとどまる。

 

ある日、認知症のAさんがいました。
とても優しい方だったのに、病気が進むにつれて、だんだんと怒りっぽくなっていきました。


ある晩、ナースコールが鳴り、部屋に行くと、Aさんはベッドの上で泣いていました。


「帰らせてよ……もう、ここにはいたくないの」

 

その言葉に、胸が締めつけられました。
私は何も言えず、ただ背中をさすりました。


「どうしてそんなこと言うの……?」


心の中ではそう思っていました。

けれど、次の瞬間、ふと気づいたんです。


“どうして”と問いたいのは私の都合であって、Aさんの心の中には、Aさんにしか分からない理由がある。

 

不安なのかもしれない。
寂しいのかもしれない。


自分がどこにいるのか分からない恐怖に、押しつぶされそうだったのかもしれない。

そう思ったとき、私はそっとAさんの手を握りました。


「ここにいますよ。大丈夫です。」


その夜、Aさんは少しだけ穏やかな表情で眠りにつきました。

 

介護をしていると、「理解できない行動」と出会うことが本当に多いです。
でも、本当は「理解できない行動」なんて、ないのかもしれません。


ただ、「理解できるほど相手の背景を知らない」だけ。

 

その人が生きてきた年月。
積み重ねてきた悲しみや孤独、誇りや愛情。


それらを全部知っているわけじゃないのに、つい私たちは目の前の行動だけを見て、「どうして?」と問いかけてしまう。

 

でも、本当のやさしさって、「どうして?」を飲み込んで、「そう感じるんだね」と受け止めることなんだと思います。


それは決して我慢ではなく、想像する力
言葉にしない思いや、心の奥の声に耳を澄ます力です。

 

もちろん、私だって完璧じゃありません。
疲れているときや、心に余裕がないときは、「どうして!」と声を荒げたくなることもあります。


泣きたくなる夜もあります。
でも、そんな自分を責める必要はないと、最近思うようになりました。

 

介護士だって人間です。
イライラしたり、落ち込んだり、迷ったりするのが普通です。


大事なのは、「次の瞬間、どうありたいか」。

 

私は“どうして”を飲み込むたびに、少しだけ優しくなれる気がします。
飲み込むという行為は、決して押さえつけることじゃなくて、相手の心を受け止める準備なんです。

 

そして、いつか気づくんです。
“どうして”の裏には、いつも「分かってほしい」という祈りのような思いが隠れていることを。

 

介護の現場で日々起こる小さな出来事は、まるで人間そのものを映し出しているようです。


「ありがとう」が言えない人。


「助けて」と言えない人。


「寂しい」と言葉にできない人。

 

私たちは、その沈黙の中に隠れた気持ちを探す探偵のようなものかもしれません。
目に見えない「思い」を感じ取ることこそ、この仕事のいちばんの難しさであり、いちばんの美しさです。

 

“どうして”を飲み込む。


それは、自分を押し殺すことではなく、相手の世界を尊重すること。
他人の心に土足で踏み込まず、ただ隣に座るような優しさ。

 

そして、そんな優しさを少しずつ積み重ねていけば、きっと自分自身も癒されていく。
介護は「支える仕事」だけど、実は「支えられる仕事」でもあると私は思います。

 

入居者様の笑顔に励まされ、
「ありがとう」の一言に涙が出そうになり、
“どうして”の言葉を飲み込むたびに、自分の心が少しずつ広がっていく。

 

誰かを理解しようとするって、簡単なことじゃありません。
でも、理解しようと「思い続けること」が、きっと人の温かさなんだと思います。

 

今日もまた、私は現場に立ちます。
心の中で小さくつぶやきながら。

 

「どうして?」の言葉を、
そっと飲み込んで——。

 

あとがき

もし今、誰かに「どうして?」と問いかけたくなっている人がいたら、少しだけ深呼吸してみてください。


その人の中にある“理由”を想像することで、きっと優しさの形が変わります。
介護に限らず、どんな人間関係でも同じです。

 

「どうして?」を飲み込む勇気。
それが、人と人をつなぐ一番静かで、力強い優しさだと私は信じています。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。