kaigonoki’s diary

えがおの高齢者を増やす介護士

静かな夜なのに鳴り響くナースコールの嵐

夜勤の時間帯になると、施設は一気に静まり返ります。

 

照明は落とされ、廊下の足音も少なくなり、昼間の慌ただしさが嘘のように消えていく。

 

外はきっと星が出ているんだろうな、なんて思いながら、ナースステーションで記録を書いているときもあります。

 

――でも、その静けさは長くは続きません。

ピンポーン。

 

最初のナースコールが鳴った瞬間、胸の奥がきゅっと縮む感覚。嫌だとか、行きたくないとか、そういう単純な感情じゃありません。「始まったな」という、覚悟にも似た気持ちです。

 

一つ対応して、部屋を出た瞬間。

ピンポーン。

 

また別の居室から鳴るコール音。歩き出そうとしたその足を、無理やり引き戻されるような感覚。静かな夜に、ナースコールの音だけがやけに大きく、鋭く響き渡ります。

 

「すみません、すぐ行きますね」

 

そう声をかけながら、心の中では必死です。誰も悪くない。入居者様も、もちろん私も。ただ、それでも余裕が削られていく。

 

トイレ介助、体位変換、水分補給、不安の訴え、眠れないという声。内容はさまざまなのに、気持ちは一つ一つ重なって、だんだんと息苦しくなってくる。

 

一度コールが鳴り始めると、不思議なことに連鎖します。まるで示し合わせたかのように、次から次へと鳴り止まない。

 

「今、行ったばかりなのに…」

 

そんな言葉が喉まで出かかって、ぐっと飲み込む。言ってしまったら、後悔するのは自分だと分かっているから。

 

夜勤は人数が少ない。時間との勝負でもあります。あの部屋、次はこの部屋、記録も書かなきゃ、巡視もある。

 

頭の中で段取りを組みながら、それでも予定通りにいかない現実に、心が追いつかなくなることがあります。

ピンポーン。

 

また鳴った。

静かな夜なのに、私の心の中は嵐のよう。焦り、不安、疲労、責任感。全部が一気に押し寄せてきて、逃げ場がなくなる。

 

それでも、コールを無視することはできません。ナースコールの向こうには、人がいる。誰かの不安や恐怖、寂しさが、あの音になって届いている。

 

ある入居者様は、理由もなく不安になると言います。


「誰かいる?」


「ここにいるよ」

 

それだけの会話で安心して、また眠りにつく。その数分のために鳴るコール。でも、その数分が、その人にとっては夜を乗り越える命綱なんです。

 

分かっている。頭では分かっている。

でも、体は正直です。足は重く、腰は痛み、まぶたは勝手に下がろうとする。余裕がなくなると、自分の中の優しさまで削られていく気がして、怖くなることもあります。

 

「ちゃんとできているのかな」


「冷たい対応になっていないかな」

 

そんな不安を抱えたまま、また次のコールへ向かう。

 

夜勤中、ふと窓の外を見ると、街は眠っています。ほとんどの人が布団の中で夢を見ている時間。なのに、ここでは誰かが起きていて、誰かが誰かを支えている。

 

この仕事をしていなかったら、きっと知らなかった世界です。

 

ナースコールの嵐が少し落ち着いた頃、ようやく一息つける瞬間があります。椅子に腰を下ろして、深く息を吸う。そのとき、どっと疲れが押し寄せる。

 

「今日もよくやったな」

 

誰かに言われるわけじゃない。評価されるわけでもない。それでも、自分で自分にそう言ってあげないと、心が持たない夜があります。

 

ナースコールは、うるさい音じゃありません。誰かが生きている音。助けを求める音。不安を抱えたまま夜を過ごしている証です。

 

そう思える日もあれば、思えない日もある。それでいいんだと思います。いつも立派な介護士でいなくていい。余裕がない夜があっても、感情が揺れる夜があってもいい。

 

大切なのは、それでもコールに向かっているという事実。

 

足が重くても、心が疲れていても、私たちは今日も鳴り響くナースコールに応えています。その一回一回が、誰かの安心につながっている。

 

もし今、夜勤でナースコールの嵐に飲み込まれそうになっているあなたがいたら、伝えたい。

 

そのしんどさは、弱さじゃない。真剣に向き合っている証拠です。

 

静かな夜に鳴り響くナースコール。その音に疲れ切った自分を、どうか責めないでください。

 

今日もこの夜を越えようとしているあなたは、もう十分、頑張っています。

 

嵐のような夜が、いつか静かな朝につながることを信じて。

 

それぞれの持ち場で踏ん張るすべての介護士へ。

この言葉が、少しでも心の休憩になれば嬉しいです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。