日々、多くの入居者様と接し、人生の最終章を支えるお手伝いをする中で、ある疑問を抱くことがあります。
それは「なぜ人は、あえて辛い経験を選び取るのだろうか?」ということです。
普通に考えれば、誰だって辛い思いはしたくないはずです。痛みや苦しみを避け、できる限り穏やかで楽しい時間を過ごしたいと願うのが自然です。
それなのに、多くの入居者様やそのご家族のお話を聞いていると、「あえて辛い経験を選んだ」と語る方が少なくありません。
戦争を生き抜いた人、家族を支えるために苦労の道を歩んだ人、そして病気や老いという避けられない試練を受け入れた人。彼らの語る言葉の中には、不思議と「後悔していない」という思いがにじんでいるのです。
辛い経験が人生を形づくる
ある入居者様が、静かにこんなことをおっしゃいました。
「楽しいことだけの人生なんて、きっとどこか物足りないよ。辛いことを経験したからこそ、今こうして小さな幸せに気づけるんだ」
その言葉を聞いたとき、私はハッとしました。
たしかに、楽しいことばかり続く人生は心地よいかもしれません。
しかし、そこには「感動」や「ありがたさ」を強く感じる瞬間が少ないのかもしれません。
雨の日があるから、晴れた日の青空が一層美しく見えるように。苦しい経験があるからこそ、心から「幸せだ」と思える瞬間に出会えるのだと思います。
「挑戦する苦しみ」と「避けられない苦しみ」
介護の現場で出会う「辛さ」には、大きく分けて二種類あるように思います。
ひとつは「挑戦する苦しみ」。
新しいことに挑んだり、自分の限界を超えようとしたりするときに感じるものです。
例えば、若い頃に進学や就職で苦労した話、夢を追いかけて失敗した話、あるいは家族を養うために必死で働いた日々。そのときは辛くても、「あの経験があったから今がある」と振り返れる類のものです。
もうひとつは「避けられない苦しみ」。
病気、老い、別れといった、人間である以上どうしても向き合わざるを得ない現実です。これは誰も望んで選ぶわけではありません。
しかし、その苦しみの中で人は「受け入れる力」や「人との絆」を深めていきます。
どちらの苦しみにも共通しているのは、そこに「成長」や「意味」を見出そうとする心です。人はただ苦しむために生きているのではなく、苦しみの先にあるものを知りたいからこそ、それを受け入れたり、あえて挑んだりするのかもしれません。
辛い経験が人を優しくする
私は介護士という仕事柄、多くの方の人生の物語に触れます。そこで気づいたことのひとつが、「辛い経験をした人ほど、他人に優しい」ということです。
自分が苦しい思いをしたからこそ、人の痛みに気づける。
自分が孤独を味わったからこそ、人に寄り添うことの大切さを知っている。
ある入居者様は、若い頃にご主人を早くに亡くされ、女手ひとつで子どもを育て上げた方でした。
ご本人は「大変だったよ」と笑ってお話しされますが、その表情はどこか穏やかで温かい。周囲の入居者様が落ち込んでいると、自然に声をかけ、手を差し伸べる姿が印象的でした。
その優しさの源は、やはりご自身の辛い経験にあるのだと思います。
辛さの中で見つけた「自分らしさ」
時には、辛い経験がその人らしさをつくることもあります。
「私は人より苦労したから、強くなれた」
「大変だったけど、それが私の誇り」
そう語る入居者様の姿を見ていると、辛い経験は決して無駄ではなく、その人の人生を豊かにする糧なのだと実感します。
もちろん、渦中にいるときには「こんな辛い思いはしたくない」と思うでしょう。それでも人は、あえて険しい道を選ぶことがあります。それは、そこに自分の生きる意味や誰かの幸せを見出しているから。
親が子どものために苦労をいとわないように。夢を追いかけるために困難を承知で挑むように。人は「大切なものを守る」ために辛さを受け入れるのだと思います。
読者のみなさんへ
今、この記事を読んでくださっているあなたも、きっと何かしらの辛さを抱えているのではないでしょうか。仕事、家庭、健康、人間関係…。避けたいのに避けられない辛さや、自分で選んだ挑戦の中の苦しさに向き合っているかもしれません。
どうか忘れないでください。
その辛さには必ず意味があります。すぐには見えなくても、時間が経てば「あの経験があったから今がある」と思える日が来ます。
そして、その経験はあなたを強くし、優しくし、より深く人生を味わえる人にしてくれるはずです。
まとめ
「なぜそれほどまでに辛い経験をあえてしたいのか?」
その答えは、人それぞれ違うかもしれません。けれど一つ言えるのは、人はただ苦しむために生きているのではないということです。辛さを通じて成長し、誰かを守り、誰かに寄り添い、自分らしく生きるために、あえてその道を選ぶのだと思います。
介護士として、私はこれからも入居者様の人生に寄り添い、その中で語られる「辛さの意味」に耳を傾けていきたいと思います。
そして同時に、私自身も自分の人生で出会う辛さを恐れず、「これもきっと意味がある」と信じて歩んでいきたいのです。
最後までお読みいただきありがとうございます。