私が老人ホームで介護士として働いていると、日々の生活の中で「人はなぜ満たされないのだろう?」と考える場面にたくさん出会います。
入居者様の中にも、「もっとああしたい」「もっとこうしておけばよかった」と振り返る方が多くいらっしゃいますし、私自身も日常の中で「もっと時間が欲しい」「もっと余裕が欲しい」と思うことがあります。
けれど、よくよく考えてみると、その「もっと欲しい」という気持ちの背景には、すでにあるものや与えられているものに気づききれていない自分がいるのではないかと思うのです。
欲しくなるのは「足りない」と思うから
人は「足りない」と感じると、不思議なほどに欲が生まれてきます。
例えばお金。ある程度の生活ができているのに「もう少しあったら楽になる」と思えば、今ある安心を忘れてしまいます。
人間関係でも同じです。「もっと優しくして欲しい」「もっと理解して欲しい」と求めるあまり、相手がすでに与えてくれている小さな優しさに目を向けられなくなることがあります。
つまり、心が満たされていないと感じると、その空白を埋めるために更に求めてしまうのです。
老人ホームで気づかされる「今あるものの豊かさ」
私が働く現場では、入居者様がふとした瞬間に大切な気づきを与えてくださいます。
ある女性の入居者様は、手足の自由が利かなくなり「もう何もできない」とよく口にされていました。
けれどある日、窓辺で外を見ながら「でもね、こうやって誰かが一緒にいてくれるのは幸せね」と微笑まれたのです。その言葉を聞いたとき、私は胸が熱くなりました。
できなくなったことに目を向ければ、いくらでも不満は生まれます。けれど、できること、すでに与えられていることに目を向けると、人は自然と心が穏やかになるのだと教えていただいた瞬間でした。
心が満たされると欲が変わる
「もっと欲しい」と思っているとき、人の心はどこか焦りに似ています。
ですが、心が少しでも満たされると、不思議なことに「もっと欲しい」という気持ちが変化します。
それは「もっと与えたい」「もっと分かち合いたい」という欲に変わるのです。
例えば、入居者様の中には「もう自分は受け取ってばかりだから、何かお返しをしたい」と言って、折り紙を折ってスタッフに手渡してくださる方がいます。
体の自由は効かなくても、誰かを想う気持ちが欲として表れると、それはとても温かい形になります。
この「与える欲」に変わったとき、人の心は真に満たされているのだと私は感じます。
満たされるための小さな習慣
では、私たち自身が「心が満たされる」状態に近づくためには、どんなことができるのでしょうか。ここでは私自身が実践している、ほんの小さな習慣をご紹介します。
🌕「今あるもの」を数える
夜眠る前に、その日にあった小さな感謝を三つ書き出します。「同僚が笑顔で挨拶してくれた」「利用者様がありがとうと言ってくれた」など、本当に小さなことで構いません。数えるたびに「すでに与えられているもの」が見えてきます。
🌕「できること」に目を向ける
「今日は疲れて夕食を作るのが大変だな」と思ったときでも、「でも簡単なスープなら作れる」と考えると、無力感よりも前向きな気持ちになります。
🌕「与える側」になってみる
自分が欲しいと思ったとき、あえて人に与えてみます。たとえば「もっと笑顔が欲しい」と思ったら、自分から笑顔で挨拶してみるのです。不思議とその笑顔が返ってきて、心が温かくなります。
老人ホームの現場から見える人間の本質
介護の現場では、心と体の両方に「足りなさ」を感じやすい場面が多くあります。若い頃のように自由がきかない。記憶が薄れていく。できることが少なくなっていく。
けれど、その中で「ありがとう」と言葉を交わすだけで涙が出るほど満たされる瞬間があるのです。これは私たち介護士にとっても同じです。
仕事の忙しさに追われ、「もっと休みが欲しい」「もっと待遇が良ければ」と思う日もありますが、入居者様の笑顔に触れた瞬間、それ以上の喜びを感じることがあります。
心が満たされていないと思うからこそ、欲は際限なく膨らみます。けれど、「すでにあるもの」に気づいたとき、欲は感謝に変わり、与える喜びへと姿を変えるのです。
さいごに
「心が満たされない」と感じることは決して悪いことではありません。それは、あなたの心が「もっと大切なものに気づいてほしい」と知らせてくれているサインかもしれません。
欲を追いかけて疲れてしまったときは、ほんの少し立ち止まって「今すでにあるもの」に目を向けてみてください。すると、心は不思議と柔らかくなり、足りないと思っていた穴が自然と埋まっていくことがあります。
介護士としての日々の中で私が学んだのは、人は「欲しがる」存在であると同時に、「与え合う」ことで本当に満たされる存在だということです。
今日という日が、あなたにとって「すでにある豊かさ」に気づける一日になりますように。
最後までお読みいただきありがとうございます。